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森に続く小径を今日も往く。その森の奥深く、生命の泉があふれるところ。思い出すように、懐かしむように、足裏をしっかりと地につけて、歩む。
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「お前の 苦しむ顔が 見たい」

と、男は 言った



そんな風に思う気持ちが 私には全くわからなくて

男の顔を じっと見つめた

私の中には 驚き以外の 何も無かった



男は 苦しそうに 顔を歪めていた

苦しそうに あえぐ声が 本気であることを示していた



嫌いとか、どこか遠くに行って 二度と近寄らないでくれとか

そういうのなら、わからないでもない

しかし、私は どんな相手であっても

苦しむ様子は 見たくない

幸せであってほしい・・・と 思う

その男が幸せなら、私の不幸も願わなくなるだろう

誰だって、自分が幸せなら 誰の不幸も願わないはずだ



私は、苦しむ男の顔を見るのが 辛くはあったし

哀しくもあったけれど

人の不幸を願うなどということは 思いもつかなかったから

男の言葉に あんなにも驚いたのだ

不幸とは こういう事を言うのだと  その後 知ったのだ



誰かを呪うこと

誰かの苦しむ顔が見たいと思うこと

それが まさしく「不幸」ということなのだ



呪うことを知らず、呪われてもなお 呪った相手の幸せを願うことは 

ただの 世間知らずの理想論なんかではなく

どれだけ辛く、切なく、哀しい気持ちを

その中に 含み持つかを 知ったのだ



あれから 十年以上の 月日が経つ

男は 幸せを 知っただろうか

それとも まだ誰かを 恨み、呪っているだろうか



私は その頃も ずっと 幸せだったし

今も 幸せだ

それは、周りに優しい人がいたからとか、幸運に恵まれていたからとか

そんな理由では 全くない



私が 誰の不幸も願ったことがなく、思いついたことさえないからなのだ



この世で生きている間には そりゃあ 色々あるし

悲しいことも辛いことも すべて投げ出したくなることだってある

だけど

誰の苦しむ顔も見たくないと 思えることは

もう それだけで 私が幸せであることの 充分な証拠なのかもしれない

と、思う


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