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森に続く小径を今日も往く。その森の奥深く、生命の泉があふれるところ。思い出すように、懐かしむように、足裏をしっかりと地につけて、歩む。
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今朝方に見た夢




朝、出勤の前に

家の近くにある ホームセンターに立ち寄る。

レジには なぜか 図書館の館長と 司書の女性が立っていて

司書の女性が レジを打っている。

二人は、図書館で主に働きながら ホームセンターでアルバイトをしているらしい。

(かなり強引な設定。夢にありがち。)



私の買い物は なんだか覚えていないが、(180円だったかな)小さくて安いもの。

財布を出そうとして、あれ?バッグがない。

家に忘れてきたのだろうか・・・取りに戻ると、出勤の時間がギリギリになる・・・

一瞬 いろいろ考えて、結局 お金(バッグ)を 取りに帰ることにした。

ホ-ムセンターの入り口まで戻ると、なんとそこに 私のバッグが落ちていて

財布が 外に転がり出ていた。

「なんで、こんなところに?・・・」

まあ、家まで帰らなくて済んだから、なんとか仕事には間に合うなと思って

もう一度レジに並ぶ。

すると、レジにいた 図書館司書の女性が、館長に

「早く出ないと、仕事(図書館の)、間に合いませんよ。」

と、言っている。

館長は 私に こう尋ねた。

「ここから 図書館まで 何分くらい かかる?」

私は、「私の家から10分くらいですね。」

と、答える。(なぜ、「ここから」ではなく、「私の家から」と答えたのか不明)

「今、52分か。なら、間に合うな。」

と言って、館長は急いで出て行った。




目が覚めてから、

そうそう 司書の名前は 確か「森さん」で、館長の名前は「林さん」

ああ、森林か・・・と、一人つぶやいた。

図書館は、ある意味 森林のような場所だ。

本が 紙でできている という事以上に。






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春先、まだ風の冷たい ある朝のこと

洗濯物を干そうと 私は庭に出た。

ふと、目線を下に落としたとき

物干し竿の下に メジロを見つけた。

怪我をしているのかもしれない・・・

そう思って、メジロをそっと 手のひらに乗せてみた。

すでに 息が絶えているようだ。

見たところ、外傷はない。

いったい全体、どんな事情があって 

メジロは ここで 息を引き取ることになってしまったのだろうか?

手のひらの中のメジロは もう ぬくもりも やわらかさも 失われて

小さなムクロと なっていた。



このときの事は、以前もう一つのブログ「窓辺の猫」


(今は「月夜の海、朔の森」)に 書いたことがある。



庭の隅に メジロを埋めてやりながら 思ったこと・・・。


人間が墓を作る 元々の動機は、植物の真似にあったのではないかと。

案外、植物の種が 土から芽を出すのに倣って(あるいは、あやかって)

一つの生涯を終えた者の 再生を 願ったのかもしれない。

『見えない土に還る』



さて、こうして 私の小さな森にも メジロが還ってきた。


そのメジロに 引っ張られるようにして

ウグイスも 還ってきた。



と言うのは・・・


「ウグイス色をしたメジロ」という 私の勘違いから 生まれた物語があったのだ。

ウグイス色として 一般に認識されている色は、実はメジロ色。

メジロもウグイスも 知っているくせに、勘違いをしていたことがきっかけで

私は、メジロからウグイスへと 連想ゲームのようにして

一つの物語を 書いたことがあったのだ。

それが、今、何か合図でもあったかのように

一つところへと 集まり始めている。



ブログ『りとる ふぉれすと』は、これまで単なる夢の記録だった。


しかし、思いもかけず この森に 動物たちが現れ始め

そのことも また記録しておきたいと 思った。

記録は、もちろん「言葉」で行う。

だが、言葉の宿命として

表出した先から 零れ落ちていくという はかなさが あり

書けば書くほどに 言いたいことから遠ざかってゆく もどかしさが ある。

ある意味、言葉は 表に出た途端 腐敗し始めるのだ。

そして、その 言葉から洩れてこぼれた エッセンスのみが 

言葉の裏側の異次元で 醗酵を 始めるような気が した。

言葉を紡ぐとすれば 腐敗する言葉(名づけ、意味づけ)を解体し

醗酵を促すような、いつか、そんな言葉を 紡げたなら・・・と

叶うものなら そんな物語を 紡いでみたいと 願っている。 











 

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寝室がある 西の部屋の 西の窓に、白いバツ印の クモの巣が

払っても 払っても 毎日にようにできていて

それがまた でっかくて

「お前の人生、バツだよ、バツ。ペケでもあるし 罰でもある。」

まるで、そんなふうに クモに言われているようで

毎日が 重苦しく

朝になったら、また あの巣を払おうと 思いながら 

眠ったものだった。




「コガネグモ」の画像検索結果


ある日、近所のお寺で 子どもたちを遊ばせている時のこと

多分、近くに住む お婆さんなのだろう

一人の老婆が、大きなクモを手に持って、私たちに近づいてきた。

「ほら、コガネグモ。」

と、子どもたちに 一匹の大きなクモを差し出した。

私は一瞬ビクッとしたが、老婆は悪びれた様子もなく

「私らが小さい頃は、このクモで よう遊んだもんや。」

と言う。

そのクモは 黄色と黒の縞模様で、毒はないのだそうだ。

それは、家の西の窓に いつもバツの巣を作っていた あのクモだった。

私は、クモで遊んだことなど 一度もないし

ただ、気持ち悪いもの・・・という印象だけがあり

特に、その頃は 

毎日のように バツ印の巣をかけられていたものだから

老婆が、楽しげに クモの遊び方を話してくれている時も

どうにも居心地が悪い感じで、頭は上の空だった。



それから、私は

西の窓のクモを 徹底的に駆除して(巣を払うだけでなく)

ようやく、バツ印を見ないで眠れるようになったのだが・・・。

この、クモが持つ深遠な意味を 知ることになるのは

それから 十年以上も経ってからのことになる。




クモは「世界の創造」の象徴。

言葉という糸で 幻想の世界を紡ぎ、

そうやって出来た言語空間が 我々人間にとっての現実世界。

物質世界という幻想の巣に捕らわれると、巣の外の次元が見えなくなる。

「言葉」と深く結びつく クモ。

カエルと同様、水中から陸へと上がる 境目に存在する。





まだまだ、多くのメッセージを クモは携えている。


このようなことを 全く知らなくても

クモは おかまいなく メッセージを 送り続けてくれたのだ。

おまけに、見知らぬ老婆までが 現れて

クモとの遊び方(付き合い方)を 教えてくれた。

いつか、私が 私自身のクモに気づくときのことを

コガネクモは ちゃんと 予見していたのだろう。





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以前、セミの翅が背中に生えた 少年の夢と

我が家の壁で羽化したセミの話を 書いたことがあった。
 ↓
OZAKI君


ちょうどその頃の セミに関するエピソードが

またまた次男坊に絡んで 思い出された。 





夏休み前の、暑いある日

次男坊が

「ただいまーっ!!」

と、元気よく帰ってきた。

「おかえり。」と言うと、次男坊は ランドセルを肩からおろしもせず 

胸を 私の前に突き出すようにして 

ふん!という感じで ほこらしげに 胸を張った。

何?・・・

見ると、次男坊の左胸に まるでブローチのように

一匹のセミが とまっていた。

「どうしたの?」

「学校から帰るとき、飛んできてここにとまったん。」

へえ~っ!・・・と驚く私。

「セみの方から飛んできたの?捕まえたんじゃなくって・・・?」

「うん。そんで、学校から家まで一緒に帰ってきた。」

学校から家までって、3キロ以上はゆうにある道のりを

なんとまあ・・・

セミも もの好きな・・・・。



次男坊は、虫かごに そのセミを入れ

翌朝、また自分の胸に セミをとまらせて、学校に行った。



その日、次男坊は 学校まで セミと一緒に登校し

校庭の木に 止まらせて、教室に入ったのだと言った。

まさか、これから毎日 セミと登下校することには ならないだろうと

思ってはいたが

案外、すんなりと 翌日にセミを放してやったと言うし

次男坊の顔が、なんだか 以前より大人びて見えて

ちょっぴり 頼もしくなったなあ・・・なんて、思ったものだ。

この少し後に、セミの羽化の一部始終を

自宅のダイニングの壁で 見ることができたのも

面白い話だなあと 思っている。

その時の話は、どうぞこのページでご覧になってください。

 ↓
OZAKI君

永遠の少年・・・OZAKI君の夢。

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昨年、蛙が浄化のシンボルであると知った その翌朝

出勤しようと外に出た私を


車のボンネットの上で 待っていてくれたのは


一匹のアマガエルだった。



その姿を見た瞬間、私の心は

十数年前の ある朝に飛んでいた。






その頃、次男は幼稚園に通っていた。

いつものように、自転車で次男坊を幼稚園に送っていこうとしたら


自転車の前カゴの縁に、一匹のアマガエルが・・・。




カエル好きの次男坊は喜んで、

「カエルと一緒に幼稚園に行く!」と言う。


落ちちゃうといけないので、ちゃんとカゴの中に入れて


次男坊は意気揚々と自転車の後ろに乗った。




幼稚園までの道のりを カエルが楽しんだかどうかはわからないが


次男坊はしきりに後ろから私に声をかけた。


「カエル、乗ってる?」


「乗ってるよ。」


信号で止まっても、踏み切りで止まっても


カエルは前を向いたまま、静かに乗っていた。




幼稚園に着いて自転車を止めると、


次男坊が飛び降りるのと同時に


カエルも自分でカゴの縁に跳ね上がってから、園庭に跳ね下りた。


まるで到着地点を知ってたかのようで、おかしくて


かわいくて、一緒に歩いていくカエルと次男坊を


ほほえましく見送った。






そんな出来事が、一瞬のうちにフラッシュバックして

今、まさに


私の車のボンネットで、発進を待っているカエルは


あの時のカエルのようで(個体としては違う蛙だというのは分かっているが)


私は、カエルを乗せたまま 車を走らせた。


途中、振り落とされることも、自ら下りることもなく


カエルは無事、私の職場に到着。





駐車場に車を停めたとき、カエルはまだ動かずにボンネットの上にいた。


車のドアを開けたとき、私は何人かの人に「おはようございます」と声をかけられて


「カエルがね・・・」と、相手にとっては、わけのわからないことを口走ってしまい


あわててカエルをボンネットから下ろし、その後を見守ることもせず


同僚たちとその場を去った。


ちゃんと見送らなかったことや、話しかけなかったことが


心残り。


でも、カエルは、そんなことにも きっとお構いなしで


浄化のサインを送ってくれたのだと思う。




だいぶ遅くなったけど、ありがとう!




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